
2002 サッカーワールドカップ 日本代表第1戦 日本対ベルギー戦セレモニー 6月4日(火)埼玉スタジアム |
秋風涼やかな季節となりましたが、みなさまいかがお過ごしでいらっしゃいますか。
日本中を熱狂させたサッカーワールドカップも大成功のうちに終了し、新潟での三試合の大会もすばらしい成果を上げ、世界に発信する事が出来ました。新潟県サッカー協会会長としてご協力、ご支援戴いた県民の皆様に、心から感謝とお礼を申しわげる次第であります。
私も昭和54年4月、市民の暖かいご支援を戴き、県議会に議席を得ましてから早いもので足かけ二十八年の歳月が経過しようとしております。この間、多くの国会議員の先生をはじめ、君、金子、平山、の三代の知事さんや多くの方々のご指導を戴きながら、新潟県、栃尾市の発展に尽くして参りました。これもひとえに市民の皆様のご支援と諸先輩、友人、知人のご指導の賜と深く感謝致しております。
新潟県もふるさと栃尾もここ二十年程の間に大きく変貌致しました。高速交通体系の整備、上、下水道をはじめとする生活環境の整備など、右肩上がりの経済成長の中で目をみはるばかりの変貌を遂げて参りました。しかしながらバブルの崩壊以後は長引く景気の低迷が続き、保身一辺倒の政府に転換をせざるを得ない状況が続いております。ついに人事院は公務員の給与の削減を勧告せざるを得なくなり、国、地方を含む財政赤字は七百兆円を越えております。この難局を乗り越えると共に新たなる二十一世紀の行政改革を断行する為、国は戦後二度目の市町村合併を打ち出し、地方実地対の再編成を計画するに至りました。全国三千四百余りの市町村を約一千程度にまとめる計画であります。
新潟県でも国の意向を受けて、百十一の市町村を二十一にしようと試案をつくり、夫々のブロックで話し合いが進められている事は、市民の皆様もご承知の事と存じます。
市町村合併には種々の利害得失の伴うことは当然であり、今後真剣に活発な議論をしてゆかなければならないと思います。平成の地方自治体の再編成は、財政基盤の弱い自治体の生き残りを賭けたもっとも重要な政策の一つであると思います。合併には多くの市町村の合意が必要であり、自らの主張だけにこだわっていては話は進みません。より大切な事は合併可能な地域全体をどの様な正確のものにし、夫々の地域がどの様な役割を担うべきかと検討し、夫々がその事を納得し、自らの役割に希望を抱けるものでなければなりません。地方自治体再編成の方針が決定される際、幸いにも私は県議の座にあって、平山知事の提言に検討を加えながら熱心に取り組んで参りました。
現在進行中の合併論議、とりわけ栃尾市が関連する諸問題については、平山知事から絶対の信頼を得ているものと自負致しております。長岡市を中心とする人工三十万人を目指す中核都市構想は、地理的には新潟県の中心であり、北陸、関東高速道が交差して政事の中枢である関東と日本経済を支える関西を結んでおります。ここに形成される三十万都市は地理的条件から見ても自らほうふつされる風格ある都市でなければなりません。この様な環境の中で、長岡をはじめ、見附、中之島、越路、三島、小国、三古志など、周辺市町村から知事と連帯する中で是非共、合併促進のリーダーの一人として参加してほしいとの強い要請があり、後援会の皆様や、友人、知人、諸先輩の皆様に相談致しました処、多年の政治活動の最後は愛してやまないふるさとの再生の為に貢献すべきだとの結論に到達し、市長選出馬の決断を致した処であります。県議として永い間私に与えてくださいました市民の皆様の御厚情に対しては感謝の言葉もございません。本当にありがとうございました。今後は今まで培った数多くの友人、知人、諸先輩の知恵を拝借しながら、ふるさと栃尾の生き残りを賭けた合併問題をはじめ、行政機構改革、産業の活性化、農業振興など、全身全霊を傾け取り組んで参りたいと思っております。
いろんな噂が流れている様でありますが、その多くは中傷的、感情的なものであります。なにとぞ私の真意ををご理解戴き、今後共温かいご指導、御厚情賜ります様お願い申し上げごあいさつと致します。 |
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