チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2005年3月)

チェンバロ日誌
3月1日(月)
 昨日は私のチェンバロ教室にとっての一大事件!プロのピアニストがレッスンに来ました! チェンバロをさわるのは初めてだというのに、 私が何年もかけて習得した音色のコントロールをその場で難なくやってのけてしまうとは! 鋭い聴覚と敏感な指先と多感な感受性は楽器を超えて立派に通用するということですね。
 今日はその新鮮な驚きを胸に、新たな気持ちで練習に励んでいる私です。
3月4日(金)
 実は今英会話を勉強しているのです。 毎日30分、質問攻めのCDを聴いて答えていくだけで会話表現がどんどん頭の中に入っていく魔法の教材です。 というのも、4月25日に東京でオランダのチェンバロ奏者ボブ・ファン・アスペレン氏のマスタークラスを受講する予定なのですが、 「レッスンは英語で、通訳なし」との案内が届いたためで、 買うだけ買って途中で投げ出していた教材をやり直す絶好のチャンス!と思って始めたわけです。 以前書いたエマヌエル・バッハのCDも含め、 最近買うCDはほとんど輸入版で解説が英文なので、 少し前から辞書を片手にちゃんと解説を読むようにし始めたところでもあります。
 昨年の秋からNHK教育テレビのフランス語とイタリア語も見ていて (見ているだけで殆ど頭に入りませんが)、 発音やイントネーションがその国のバロック音楽と似ているなあと思っていましたが、 こちらもネイティブの早口が少しずつ聞き取りやすくなってきた感じがします。 語学も音楽と同様に耳で聞いたものをそっくり真似することが、 よいセンスを身に付ける近道なのかと思う今日この頃です。
3月7日(月)
 今日は長岡商工会議所100周年記念式典で演奏してきました。 長岡リリックホールの700席のコンサートホールです。 4年前にホール主催の第4回長岡国際ふゆのたびフェスティヴァルで4人のアンサンブルで出演したことのある会場ですが、 チェンバロのソロにとっては広すぎて困ってしまいます。 それに演奏内容が表彰状授与の間のBGMや、 地元のソプラノ歌手の佐藤晶子さんが歌う文部省唱歌「故郷」の伴奏ということで、 異例のことではありますがマイクを使いました。 実際マイクを通して聴くチェンバロの音はまさしく電子楽器の音で、 聴く者の魂を奪うあの美しい音色には到底及ばないのですが、 それでも小さくて聞こえないのはもっと悪いですから、 どんな結果になるだろうかと心配しながらも主催者側の意図にできる限り沿うように努めました。
 実際の効果はなかなか良かったようで、 終わってからのパーティー会場でいろいろ聞いた限りでは、 「チェンバロがこういう使い方もできるとは知らなかった」とか、 「初めて聴く楽器だけれども品格のある音楽だと感じ、このような場でもっと使えるのではないかと思った」などの感想をいただきました。
 もちろんチェンバロに人生を捧げた私としてはこの楽器の本当の素晴らしさの何パーセントもお伝えできなかったかと思うと歯がゆいですが、 こういう機会でもなければ今後チェンバロという単語に出会うことすらなかったかもしれない企業の経営者の方々に、 実物を見ていただくことができたことをまずは喜びたいです。
3月11日(金)
 昨日はまたもや私のチェンバロ教室にとっての一大事件!県外の方がレッスンに来ました! 関東のとある県からですが特急列車と新幹線を乗り継いで片道半日近くかかるそうです。 時間とお金をかけていらっしゃったのですから、練習時間も含めて何時間もまとめてお相手しました。 何ヶ月かに一度こうして新潟までいらっしゃるとのことです。 このあたりの雪も急に融けて春の近いことが感じられますが、 それでも「こんなにたくさんの雪を見たのはだいぶ前にスキーに行って以来」と驚いていました。 八百板チェンバロ教室もいよいよ全国区! 以前からチェンバロに興味をお持ちだったそうですが、 チェンバロ奏者のホームページをいろいろ見比べた結果私が選ばれたとのこと。 ありがたいことです。
3月17日(木)
 昨日は新潟教室でした。 チェンバロを積んだ車を走らせて新潟に来て見ると、何と雪が全く無いのですね! 私の住まいがある三条も、スタジオのある見附も、 おととい楽器を運んで教室を行なった長岡も、まだまだ白い世界だというのに。 おかげで楽器が暖まるのがずいぶん早くなって助かります。 そのことを生徒さんに話すと逆に「そちらはまだ雪があるんですか?」と驚かれてしまいましたが。
 空き時間には4月10日の演奏会のためにバロックヴァイオリンとの合わせの練習をしました。 新潟教室の部屋を貸してくださり、ご自身はそこでヴァイオリン教室の先生をしている高橋育世さんは、 私の知る限りでは新潟県内でただ一人、バロックヴァイオリンも演奏するのです。 現代のヴァイオリンより音量は小さい代わりに細やかな表現がとても得意で、 倍音の多い透明感のある音色はチェンバロとの相性も抜群です。 県内で聴ける機会はなかなかありませんので、どうぞ4月10日の演奏会をお聴き逃しなく!
 今日は見附のスタジオに生徒さんが二人レッスンに来ました。 スタジオでは私がいるときならば何曜日の何時でもレッスンできるので、 なかなか同じ日に二人ということがないのです。
3月23日(水)
 皆さんは「通奏低音」という言葉をご存じでしょうか? 21日の演奏会でその通奏低音を担当してヘトヘトになり、 報告が二日も遅くなってしまいましたがお付き合いください。
 バロック音楽の時代に合奏音楽におけるチェンバロは全体を支える役割を任されていて、 チェロやファゴットなどとともに通奏低音と呼ばれます。 それ以前のルネサンス音楽では全てのパートが対等で、 順々に歌ったり休んだりしながら音楽を紡いでいたのとは異なり、 バロックに入ると低音が低音らしい機能に特化して「休みなく弾き続け(通奏)」 その土台の上で歌手や旋律楽器が自由にメロディーを奏でることができるようになったのです。 歌手や旋律楽器が自由に奏でるためには、 それを支える通奏低音もかなりの融通性がなくてはなりません。 チェンバロの左手は主にチェロなどと一緒に弾きますが、 右手の楽譜はありません。 和音を指示する数字が所々に書かれているのを手がかりに即興的に弾かなくてはいけないのです。 歌手が大きな声で歌えば厚い和音で支え、 絶望に打ちひしがれた様を強調するならチェンバロもかなり低い音域の和音をゆっくり分散し、 カデンツで朗々と歌唱技術を披露するならチェンバロも即興演奏で応じて緊張感を高めます。
 先日の演奏会はヘンデルのオラトリオ「メサイア」で、 合唱、4人の独唱とオーケストラのための3時間近くに及ぶ大曲でした。 そのすべての通奏低音を私は前日夜のリハーサルから合流して合わせなければいけなかったので、 事前に何通りもの解釈を想定して準備するだけでも大変でしたが、 いざ合わせてみて「えーっ、これは予想外!」という箇所もいろいろありました。 しかもリハーサルの時間は限られていてざっと通すだけですから、 そこでチェックしたことを練習しなおす時間もなくそのままぶっつけ本番で対応するしかないのです。 加えて(お金に余裕のある首都圏などの演奏会と違い)本番の調律も自分でこなしましたので、 途中の休憩時間も大急ぎで調律直しをしただけで休憩にならず、 神経を使いっぱなしのステージだったわけです。
 でもこの日のおかげで新潟県出身で県外で活躍中の二人のすばらしい歌手と知り合いになれました。 お二人も故郷でバロック歌曲の演奏会を行う機会を望んでいらっしゃるので、 そう遠くない未来に私との共演で実現する日が来ることでしょう。
3月28日(月)
 1999年の6月以来ほぼ年に1回の割合で呼んでいただいていた演奏会シリーズの一つが昨日幕を閉じました。 会場は三条から五十嵐川を東にさかのぼった下田村の諸橋轍次記念館です。 そのすぐ近くにお住まいのチェンバロ製作家高橋靖志さんが大阪から引っ越してきてまもなくのころ、 同じく会社勤めを辞めて近くの(峠のトンネルを挟んで隣接する) 栃尾にこもってチェンバロを練習していた私に彼から声がかかり、 彼の新作の楽器のお披露目をかねた演奏会に出演したのが始まりでした。 三面ガラス張りで名勝八木ヶ鼻の絶景を望む部屋でごく身近にチェンバロの演奏を聴くという、 他ではなかなか味わえないこの贅沢な企画は好評で、 毎回80人以上の方々が遠くは新潟市方面からもおいでになりました。
 始めた頃に「チェンバロ」という単語が楽器名であることすら殆ど知られていなかった状況が、 同じところで何度も何度もチェンバロが演奏されることによって随分改善して一定の役割を果たしたことと、 来たる5月1日で下田村が三条市と合併して組織が変わることを考えて今回限りとなったとのことです。
 6年近く続いたこのシリーズで私が担当した6回の歩みはそのまま私の成長の記録でもあります。 思えば初めの頃はずいぶん至らない演奏をお聞かせしてしまったものです。 プロを名乗ってお金をいただいておいて「至らない演奏」とは失礼な話ではありますが、 今回の演奏もまた数年後には「至らない」となっているのは音楽家の宿命でもあります。 進歩が止まった時点で音楽家は終わりだからです。
 今年は例年にない大雪で、 昨日もチェンバロの背景にはまだまだ雪がたくさん積もっていました。 この雪が融けて五十嵐川の水かさを増して、 それがそのまま三条の私の住まいの裏を流れるのかと思うと、 まもなく合併で同じ三条市になるこの記念館が今までになく親しい存在に思えます。 チェンバロ演奏は殺風景な白壁に囲まれた演奏会専用施設でだけ聴くのはつまらないと考える私にとって、 このすばらしい会場での演奏が終わってしまうのは寂しいものではありますが、 いずれ形を変えて演奏をお聴きいただける機会が得られることを願っています。
3月31日(木)
 恒文社発行の季刊誌「新潟発」の春号が発売になりました。 この中に見附チェンバロスタジオの取材記事がカラー4ページで紹介されています。 写真も文章もなかなか立派です。 書店で見かけたら是非ご覧ください。 そしてできれば買ってくださいね。


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