チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2005年4月)

チェンバロ日誌
4月2日(土)
 昨日は10日の演奏会のためにバロックヴァイオリンとの合わせをスタジオで行いました。 コレッリのソナタは5楽章からなる堂々とした大曲です。 まず1,2楽章はちょうど「前奏曲とフーガ」のような構成です。 2楽章のフーガではヴァイオリン一人で複数の声部を同時に弾き、 チェンバロと合わさってまるで教会音楽のようです。 次に3楽章はきわめて単純なチェンバロの上にヴァイオリンが全く休みなく細かい音符で駆け巡る間奏曲。 そして4,5楽章がまた「アリアとフーガ」のような構成なのです。 5楽章は2楽章のテーマをリズム変奏したものです。 10日の演奏会ではこれらを通して演奏せずに、 〈1,2〉〈3〉〈4,5〉の組み合わせでプログラムの要所要所に分散して配置することにしました。 これによってスタジオという狭い空間と相俟って変化に富んだ聴きやすい演奏会となることでしょう。
 昨日の合わせで急遽曲目の変更も生じました。 当初ヴァージナルで弾く「涙のパヴァーヌ」(原曲はリュートのための独奏曲)を、 バードとファーナビーという2人の作曲家による異なる編曲で聴き比べていただこうと思っていましたが、 原曲の作曲者自身がリュート伴奏歌曲にアレンジした「流れよ我が涙」の歌のパートをヴァイオリンで、 リュートのパートをヴァージナルで弾いてみたところ、何て美しいのでしょう!! バードによる編曲と差し替えることにしてしまったのです。 (最終決定したプログラムは「今後の演奏予定」のページをご覧ください。)
 というわけで、 「バロックヴァイオリン + チェンバロ」「バロックヴァイオリン + ヴァージナル」 が一度に聴ける貴重なチャンスをお聴き逃しなく! まだ席に余裕がございます。
4月5日(火)
 昨日はピアノとのジョイントコンサートという初体験でした。 会場は私がいつも「チェンバロ名曲探訪」で使う新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)のスタジオAです。 私の演奏会では50脚ほどの椅子を扇形に楽器を囲むように置くだけですが、 この日は階段状に客席を組み立てて100席の立派な演奏会場になりました。 この使い方で130人まで入れるのです。 楽器の調整や練習をしながら組立作業を見ていましたが、 6、7人が作業して40分ほどかかっていました。
 私がヴァージナルと2段チェンバロを提供し、 会場のグランドピアノと合わせて3台の鍵盤楽器が使われました。 ピアノを弾くのは昨年モスクワ音楽院から帰国した新潟市の石井朋子さんです。 プログラム前半は楽器紹介、ヴァージナルとチェンバロの独奏、 後半はピアノの独奏、チェンバロとピアノのアンサンブルという構成でした。
 珍しさの極みはやはり最後のアンサンブルでしょう。 曲はチェンバロとピアノの移行期に生きたクリスティアン・バッハ(大バッハの末息子)作曲の、 その名も「ピアノフォルテまたはハープシコードのためのデュエット」 (ロンドンで出版されたので「チェンバロ」でなく英語の「ハープシコード」となっています)です。 登場したばかりのピアノから200年もの時を経て20世紀のピアノが大ホール用に大型化してしまったために、 音の小さなチェンバロと合わせるのはとてもたいへんでした。 元気な曲なのにピアノは囁くように弾かなければいけないし、 チェンバロの方はこんなに天真爛漫なメヌエットには決して使わない音色(全ての弦列を同時に鳴らす)で叫ぶように弾かないと聞こえないのです。 楽器の配置も工夫してチェンバロの陰にピアノが隠れるようにして、 少しでも音量の差を縮めようと努めました。
 実際に演奏した結果としては、 その前のピアノ独奏がものすごく張り詰めた雰囲気であったのに対して、クリスティアン・バッハの曲があまりに楽天的だったことも効いたのでしょう、 演奏する私たちもお客様もとてもリラックスした気分を楽しめたと思います。 音量差の問題が何とかなれば、同じ旋律の掛け合いは楽器が違ったほうが効果的でもあります。 ただし3度や6度の並行は200年の時を離れた楽器同士あまり溶け合わなかったかもしれません。
 事前に2人で合わせる練習時間をあまり取れなかったのですが、 歌や旋律楽器の人と合わせるのに比べるとはるかに短時間で合わせられました。 やはり鍵盤楽器を弾く人間は同じような思考回路を持っているのだと思います。
 今回の演奏会の主催が日本ピアノ調律師協会ということもあってか、 お客様の大半は日頃ピアノに親しんでいる方々のようでした。 (休憩時間に楽器の周りに集まってくる人はチェンバロを見るのが初めてだと思って大体間違いありませんので。) そういう方々に生のチェンバロを身近に聴いていただいたのが収穫の一つですが、 逆にチェンバロ演奏会の常連さんたちにとっては、 もしかしたら生のピアノ演奏をこんなに身近に聴く機会も初めてだったかもしれません。 そのようにチェンバロとピアノのお互いのファンが交わってくると、 新潟県の音楽の聴き方も立体的に深くなっていくのでしょう。
4月11日(月)
 昨日はいつもの仕事場である見附チェンバロスタジオがコンサート会場に早変わりでした。 早変わりといっても実は前の晩は午前2時過ぎまでかかって会場準備をしていたので「早変わり」とは言いにくいですが。 3台のチェンバロを部屋の三方に配置して、その間に椅子を20脚配置すると部屋はいっぱいです。 楽器の部屋の手前は楽譜棚や流しやトイレやパソコンのある控えの間ですが、 ここはウェルカムドリンク(ワインまたはジュース)や休憩時のハーブティー&お菓子を振舞う喫茶コーナーに変わりました。
 一番の予想外は季節外れの暖かい陽気で(外のほうが暖房設定温度より高い!)、 狭い部屋に定員いっぱい(前日、当日になって急に予約をたくさんいただきました)のお客様の熱気で、 快適とはいえない状況になってしまってすみませんでした。 次からは定員を減らして2回に分けて演奏するといった工夫で快適さを確保しますので、 どうか見逃さないでまたおいでください。
 休憩時間のハーブティーは例によって私のオリジナルブレンド。 コーヒーや紅茶は買ってきた時点で味が決まっていますが、 何種類ものハーブを自分の好みでブレンドしてつくるハーブティーは組み合わせが無数で「作る楽しさ」があります。 今回のものにはスタジオの前でプランターで栽培しているハーブも使いました。
 今回は遠く上越からのお客様もいらっしゃり、まことにありがたい限りでしたが、 何と東京からの人も! 実はこの東京の人は同業者なのですが、 終演後も3台の楽器を弾いたり楽譜を検討したりと音楽談義が盛り上がり、 お帰りになったのは夜の8時過ぎでした。
 さて今日は後片付けです。 時間が限られている準備に比べてどうしても後片付けはペースが遅くなりがちで、 どうにか通常のスタジオの姿に復旧したのが夕方でした。 それから演奏会を優先して後回しにしていた雑務に手をつけたら、 今これを書いている夜になっても片付きません。
4月16日(土)
 昨夜は新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)の備品のチェンバロを練習してきましたのでその報告です。
 備えてあるのは18世紀フランス様式の楽器ですが、 私は今までの人生でその種のチェンバロを弾いた経験が10時間くらいしかありません。 一般的に「チェンバロ」というと大抵18世紀フランス様式の楽器であることが多いのですが、 そんな中で私は変わった経歴の持ち主といえるでしょうか。 多様な楽器に触れることも大切な勉強というわけで規則どおりに練習室と楽器の借用手続きをしましたが、 練習のために借りるのは私が初めてとのことです。 脚を取り外せば練習室に搬入可能であることを事前に確認していただく必要も生じました。
 予約時間の午後6時に現地に着いて、初めて見る楽器と対面です。 装飾はかなりシンプルですね。 まずは蓋を開けますが、何と重たい蓋なのでしょう! フランス様式の楽器はみんなこうなのか? それともこの工房だけのことか? 音響には影響しないのか? いきなりいろいろな疑問が湧いてきます。
 次は調律です(楽器の借用料には調律は含まれていないの自分でします)。 調律をしながらも「何だか鳴らない楽器だなあ」という印象。 それもそのはず、 この楽器は会館のオープンと同時に納入されて以来まだ数回本番で使っただけのようで、 多く見積もっても10時間か20時間くらいしか弾かれていないことになります。 楽器は弾き込まないと鳴らないのです。 私は自分の楽器を3台合計では年間1,000時間以上は確実に弾いていますが、 それでもプログラムの都合で数ヶ月ぶりに弾く楽器は鳴り出すまでに日数がかかります。
 いよいよ持ってきた楽譜で曲の練習ですが、何といっても「タッチが重い!」 楽器が鳴らないうちにも広いホールでの演奏会で伴奏などに使う必要からか、 弦をはじく爪がかなり硬く調整されていて、 その抵抗に打ち勝って鍵盤を押すのに力が必要なのです。 筋肉痛になりそうなので休み休み練習を続けますが、 硬い爪で無理に出す音は音色に関しても「力んでいる」という印象です。 私が2台目の楽器を新しく作ってもらったときは主な用途がチェンバロ独奏でしたから、 鳴らない間も無理に音量を求めたりしないで「気持ちよく歌う」ような音色に調整していましたが、 会館備え付けの楽器という性格上これは仕方のないことなのでしょうか。
 それでもフランス様式はフランス様式で、 私の持っているどの楽器とも音の特性が違います。 クープランの曲などはやはりこれで弾くと相性がいいですし、 フランス以外の国の曲もまた違ったアプローチで取り組むことができます。 というより曲と楽器の組み合わせから最適なアプローチをその都度見出さないと良い音楽にならないと言ったほうが正しいです。 タッチのことはとりあえず置いておいて、 いろいろな曲をこの楽器にとって最適な表現方法を探りながら弾くうちに閉館時間の夜10時となりました。
4月20日(水)
 今日は新潟県内のチェンバロ製作家の工房にチェンバロの練習に行ってきました。 三条市から五十嵐川をさかのぼった下田村(もうすぐ三条市と合併)の高橋靖志さんのところです。 彼のところには17世紀イタリア様式の楽器があり、 なかなか個人では所有したがらない特殊なタイプではありますが、 そういう楽器が近くにあるのは嬉しいことです。 これで弾くフレスコバルディはまさに格別です。 自分の楽器でああやってもこうやっても今ひとつ説得力に欠ける演奏になって落ち込んでいても、 曲と楽器の様式が一致すると楽器のほうから勝手にアドバイスをくれるので、 楽器の言うことに耳を傾けて素直に意見を聞き入れるとどんどんインスピレーションが湧いてきます。
 練習の後の製作家との意見交換も楽しいものです。 演奏する立場からするとこのあたりの音域のこういう音はもっとこうなっていると助かるけれど可能だろうか、とか、 作る立場からするとこういう視点から楽器の設計をしているけれど演奏者にとってはどうだろうか、とか、 普段なかなか議論できないような話がいつまでも続きます。
4月28日(木)
 今日はコンクール後の残務整理でした。 22日の早朝にこちらを出発して出場したコンクールは24日に終わりましたが、 翌25日は朝から東京でチェンバロのマスターコース(公開レッスン)を受講して夜中に帰宅、 26日は長岡教室、27日は新潟教室で、 緊急のメールの返事など以外は何もかもほったらかし状態だったのです。
 お気づきでしょうか、 15日に「りゅーとぴあ」のチェンバロを練習に行ったのも、 20日に下田の高橋靖志さんのチェンバロを練習に行ったのも、 すべてコンクール対策だったのでした。
 コンクールの詳細は追って報告しますので今しばらくお待ちください。


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