チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2005年9月)

チェンバロ日誌
9月1日(木)
 9月23日のカーブドッチでの演奏会で弾くバッハのイタリア協奏曲の練習が佳境に入っています。 子供のときに我流のピアノで弾き散らかしたこの曲はある程度ピアノを弾ける人なら誰でも弾いてみる人気の曲です。 私は演奏活動を始めた1999年から2000年、2002年と過去3回この曲を演奏会で取り上げたのですが、 実はいつもいつも本番になると思ったように弾けないで挫折してきたのです。 延々と続く早い音符を極めて軽いタッチで、時には最も弾きにくい上の鍵盤で、 粒をそろえて余裕の表情で楽しく弾かなければならない、 純粋に技術的な(特にチェンバロ特有の)問題でうまくできなかったので、 「もっと技術が向上するまで」と3年半もおあずけだったのです。 ところが今この曲の練習が楽しくて仕方がありません。 1つの小節を片手だけでしつこくしつこく繰り返し練習しながら、 それらが確実に自分の手の内に入ってくるのを実感します。 本番で使うスコブロネック製の名器で練習していますが、 この楽器はこんなこともできるのか、 この楽器からこんな音を引き出せるほど自分も向上したか、 と興奮してしまいます。
9月3日(土)
 昨日は毎月開催のチェンバロライブの3回目、 お客様は6組14人でした。 先月があまりに暑すぎたのですね(8月6日の項参照)。 とりあえずホッとしました。 食事用のテーブル6脚を楽器からあまり離れすぎない範囲に配置して、 会場の広さの半分くらいにまとめて使いました。
 はじめのコーナーは生のチェンバロを聴きなれない皆様にとにかく慣れていただくBGM演奏です。 ちょうど食事が始まったばかりの方が大半でお喋りに花が咲きますが(といっても会場の雰囲気がそうさせるのか話し声は静かです)、 片方の耳で聴いていただいている感触はあります。
 次いでリクエストコーナーではプログラムのリクエスト表から希望の曲を言っていただきますが、 このあたりからお客様と私とのコミュニケーションが密になってきます。 曲にまつわるエピソードを冗談を交えたりしてお話ししながら進めていきます。 そろそろお喋りのネタも一段落する頃なのか、 だんだん会場が静かになってきます。
 最後はじっくりお聴きいただく名曲鑑賞のコーナーで、 ここだけは「小さな演奏会」と位置付けてお喋りを控えていただいています。 食事も最後のコーヒーになっている頃で厨房から漏れてくる炊事の音もほとんどなくなり、 シーンと静まり返った会場に「これがさっきと同じ楽器か」と思うほど豊かで美しいチェンバロの音が響きます。 外はライトアップされた歴史博物館本館や佐渡汽船ターミナルが最高の港情緒です。 演奏が終わるとお客様が楽器の周りに集まっていらっしゃるので、 音を出させてあげたり中の仕組みを説明したり記念写真に応じたりと、 ひとときの交流タイムとなります。
 正味演奏時間でいえば私の本格的な演奏会の半分程度ですが、 気楽なBGMに始まって最後にはチェンバロの本質が垣間見られるほどの雰囲気にまで一気に上り詰める、 ちょっと他にはない不思議な場です。
9月12日(月)
 生まれて初めて絵を買ってしまいました。 見附のスタジオが真っ白の壁で潤いがなかったので何とかしたいと思っていたのです。 今まではチェンバロ教室の生徒さんのご主人が撮影した高山植物の写真が一つ飾ってあるだけでした。 「すてきな絵でも」と思っていましたが、 大きな油絵など高くて買える身分ではないし、 かといって美術館のミュージアムショップで売っている複製品は所詮印刷物ですぐに見飽きるでしょうから、 気にしながらもずっと放っておいたのです。
 出会いはちょっとした偶然です。 9月4日に新潟市在住の猪爪彦一氏の油彩展会場でチェンバロを演奏しましたが、 演奏会を企画してくださった新潟古町の羊画廊で同氏の版画展が一足先に開催されていたので、 事前に挨拶にと思って版画展に顔を出したのです。 そうしたら展示作品の中で一番小さなものでしたが、 多くの星が輝く宇宙空間に球や円錐や立方体、それになぜかロマネスクの教会建築みたいな物体が漂っている不思議な作品に惹かれてしまいました。 学生の頃に天体観測にはまって天体望遠鏡を自作して山に星を見に行ったときなどに、 宇宙から音楽が聞こえてくるような不思議な感覚に何度も囚われたのを思い出しました。 また古代ギリシャ以来のヨーロッパの音楽観として、 人間の耳には聞こえなくても星たちが規則正しく運行するそのこと自体が完全な調和すなわち完全な音楽であって、 その法則が地上の物体に作用したときにそれらの物理量が単純な整数比(例えば笛の長さの比が2:3)のときに美しいハーモニー(この場合は完全5度)として人間の耳にも聞こえるのだというような考え方があって、 フーガなど対位法の作曲技法は神が定めたそれら宇宙の法則を探求することでもあったわけですが、 そうしたことが思い出されるうちにその版画から音楽が聞こえてくるような錯覚がして、 「こういうのを出会いというんだな」と思って買ってしまったのです。 製作技法がエッチングという、バロック時代に楽譜の出版にも使われた技法であったことも親近感を抱いた一因です。 版画は油絵などの一品物に比べれば私にも手の出せる価格です。
 版画展が終わって私が予約した作品を受け取ってきたのが先週末、 第1回新潟古楽フェスティバルとその片付けでバタバタして、 昨日の夜にようやくスタジオに飾りました。 ちょうど先週末には教室の生徒さんから自作のドライフラワーアレンジメントをいただき、 スタジオが急にグレードアップした感じです。
 羊画廊のオーナーさんいわく、 一度絵を買うとそれ以降は絵を見るときに 「この値段でこの絵を自分は買いたいと思うか」 という観点から見るようになるので見方が真剣になり、 結果としてどうしても手元に置きたい絵にも出合うようになって、 1枚買っただけでは終わらないことになるのだそうです。
9月15日(木)
 練習の合間を縫って「今後の演奏予定」のページの先頭に早見表を作りました。 クリックすると詳細が記載してあるところにジャンプします。 今掲載してあるのが12件で、 だらだらと情報が書き連ねてあって目当ての演奏会を探し出すのが大変 (というより端から全部目を通さないと見つからないので探す気が起こらないほど?)だったので、 何とかしなければと思っていたのです。 これも今まで以上に演奏会の頻度が多くなった証拠でしょう。
9月17日(土)
 23日のカーブドッチの演奏会まで一週間を切りました。 この演奏会は私にとっても特別な意味のあるものですので、 熱き思いを語らせてください! 先月郵送したダイレクトメールの案内文には熱き思いを語ったのですが、 この日誌にはつまらないことばかり書いていて、 肝心のことを書くのを忘れていたのでした。
 共演者の片野氏は、実は去る4月に私が出場した古楽コンクール(チェンバロ部門)において、 本選に出場した人に課される伴奏課題の共演者としてコンクール実行委員会から選ばれた方です。 本選には私を含め5人が進み、 片野氏の歌の伴奏をステージ上で披露しましたが、 片野氏は私とのステージが最もわくわくしたと褒めてくださったのです。 このことからぜひ一度新潟県内での私の演奏会にお呼びしようと話が進み、 このたびの共演となった次第です。
 氏のご専門はドイツ宗教音楽で、まるでドイツ語が母国語であるかのように情感を込めて歌うのです。 決して派手な表現をなさる方ではありませんが、 しかし音楽への強い思いが隠そうとしてもどうしても滲み出てしまう、その誠実さも氏の魅力です。 カーブドッチ設置のパイプオルガンと私の所蔵する最も貴重なスコブロネック製チェンバロ (この製作家によるチェンバロは日本に数台しかなく、ドイツ音楽の表現にすばらしい力を発揮します)とによって、 この種のプログラムとしては私がご提案できる最高の条件で皆様をお待ちします。
 音楽は一期一会、このような内容の演奏会が再び開催できるのはいつになるのか分かりません。 共演者が遠方の方であればなおさらです。 皆様どうぞこの機会をお聞き逃しなく!!
 そして今これをお読みのあなた! あなたが来て下されば、 今回のように遠方から共演者を呼んで出費のかさむ演奏会(補助金もスポンサーもありません) もどうにか赤字にならずに済むことでしょう!
9月24日(土)
 昨夜カーブドッチの演奏会が終わりました。 明日はチェンバロ教室の発表会です。 スタジオで今これを書いている隣室では生徒さんがスタジオをレンタルして最後の追い込みの練習をしています。 昨夜の演奏会が終わるまでは回せる時間はすべてその準備に回していたので、 明日の発表会のプログラムもこれからレイアウトして印刷です。
9月26日(月)
 16名出演のチェンバロ教室発表会が終わりました。 中学生からご年配まで、鍵盤楽器初心者から音楽教室の先生まで、 チェンバロ独奏のほかに連弾、リコーダーや歌とのアンサンブルまで、 多彩な内容の2時間20分でした。
 特筆すべきは会場の雰囲気です。 入場者は出演者を含めて50人以上でしたが、 出演者とは無関係の一般のお客様がかなりいらっしゃいました! で、その方々が前のほうに陣取って熱心に聞き入っては盛大な拍手をしてくれるのです (私の演奏会にもそういうお客様に来て欲しい・・・)。 いわゆる普通の発表会では考えられない緊張感と期待感が会場を満たしていて、 出演者もそれに押しつぶされることなく、 間違えても何事もなかったかのように弾き進めていくのも、 私から言うのも何ですが、よくぞやってくれたものです。
 一年間に一度もチェンバロが鳴らない県がいくつもある中で、 こうして趣味でチェンバロ演奏を人前で披露できた16人の人たちも、 それを入場無料で聴けたお客様もラッキーというべきでしょう。 これからも回を重ねて、チェンバロがもっと当たり前の楽器になっていくことを願っています。


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