チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2005年12月)

チェンバロ日誌
12月4日(日)
 昨日は新潟古町の画廊での演奏会でした。 同画廊で毎年個展を開いていらっしゃる鈴木力氏の個展の関連企画で、 イタリアを題材にした絵が展示されるからということでイタリア音楽を中心に演奏しました。 演奏の話をいただいたときには、 「12月に入ってそろそろクリスマス気分でもあるし、 年末の演奏会の曲を早めに準備して弾けばいいか」と考えていたのです。 ところが画廊のオーナーの方がおっしゃるには、 鈴木氏はご自分の個展でチェンバロが演奏される話が決まってからわざわざチェンバロの絵を制作し、 それを案内状の図柄に選んでくださったほどなので、 曲目はぜひイタリアの音楽にしてほしいとのことです。 大切な個展期間中のたった一日の演奏のためにそこまでしてくださるとは恐縮で、 10月の「チェンバロ名曲探訪」で弾き納めにしたつもりの今シーズンのイタリア音楽を再度練習しなおすことにしました。 会場で鈴木氏のお話を伺うと、 なんと全ての出品作品の地の色や額の色まで「演奏の邪魔にならないように控えめな色に統一した」とのことです。 大切な個展期間中のたった一日の演奏のためにそこまでしてくださるとはますます恐縮でした。 私より何十年も長く芸術の世界を歩んでいらっしゃった氏の懐の広さに我が身の未熟さを感じてしまいました。
12月12日(月)
 昨日は東京交響楽団の新潟定期演奏会を聴いてきました。 曲目は私自身チェンバロで通奏低音の演奏経験が何度もあるヘンデルのオラトリオ「メサイア」です。 歌詞の意味に至るまで全曲を把握しています。 この定期演奏会では毎年一回は合唱付きの曲を取り上げるのですが、 合唱団はその都度新潟県内の合唱愛好者が集められてオーディションを経て出演するのです。 チェンバロ教室の生徒さんが何人も合唱団員として参加しました。
 まずは素晴らしかったことから。
合唱がよかったです! 曲への熱い想い、大変だった練習、一緒に練習を始めた仲間の多くがオーディションで落とされたことなど、 きっといろいろなことを想いながら歌ったのでしょう。 どの顔もとても輝いていました。 この曲は技術的に難しいところも多いのですが、 会場の響きやオーケストラに助けられてか、 少なくとも私には上記のプラスを妨げるようには感じませんでした。 歌詞の発音もしっかりしていて、 フーガで次々に主題を掛け合うところなどは実に立体的に各声部の動きがはっきりと伝わってきました。
 次にがっかりしたことです。
1)何といってもおかしな編曲!!
 ヘンデルが指示してもいないフルート、クラリネット、ホルン、トロンボーンまで含んだフル・オーケストラです。 歴史的にはヘンデルの死後オーケストラも合唱も演奏会場もどんどん肥大化し、 それに合わせてさまざまな編曲がされて演奏されてきた事実はあります。 しかしここ数十年、作曲家の意図とその時代の状況になるべく忠実に演奏する精神が浸透してきている中で、 あえてあのような時代錯誤的な編曲を持ち出すには説得力ある理由が必要です。 確かに今回の会場は広く(2000席)、合唱も大人数ですからそれに釣り合うオーケストラは必要です。 でもそれなら各楽器の人数を増やすだけで対応できるでしょう。 同じ会場でモーツァルトのピアノ協奏曲をやるときに、 今のピアノが当時の10倍の音量が出るからといってチューバやハープやバス・クラリネットなどを追加するでしょうか? モーツァルトのスコアは神聖だけれどもバロックのオーケストラは劣った不完全なものだとでも言うのでしょうか。 実際ロマン派の時代にはそう考えられたために各種の編曲が生まれたのですが、 それを今でも信じているとしたら時代遅れも甚だしいです。 追加された楽器はヘンデルが書いてもいない対旋律の羅列で歌手のアリアの邪魔をし、 ロマン派的な半音階主題をヴィオラにねじ込むためにヘンデルが指示した和声を変えてすらいます。 属七の和音は幾度となく場違いなほど劇的な減七の和音に変えられていました。 原曲では第1部の中ほどまでトランペットの出番がないのですが、 それは当時トランペットが神の栄光を象徴する特別な楽器であったために、 天の軍勢が「いと高きところに神に栄光」と唱和する場面まで使わずに取っておいたのです。 それなのに、それよりずっと前のどうということのない曲でティンパニーと一緒に使われてしまっては、 ヘンデルのすばらしい演出は台無しです。 ティンパニーに至っては原曲では第2部の最後(ハレルヤ)まで出てこないのですが、 延々と2時間待った後に歌われるあのハレルヤで初めてティンパニーが鳴ると鳥肌が立つほど感動するのです。 それが、盛り上げるためにやたらと使いすぎては興醒めというものです(水戸黄門の印籠が一回の番組に十回も出てきたら変でしょう?)。 いろいろな調の曲で弾かなくてはならなくなったティンパニーはしょっちゅうハンドルを回して音程を変えていましたが、 ヘンデルの時代のティンパニーはトランペットとともに「神を称えるニ長調」以外では弾かなかったものです。 ヘンデルが涙を流しながら作曲したとも伝えられる「彼は蔑まれ」というアリアは、 キリストが鞭で打たれたり唾を吐きかけられても耐えたつらい場面を、 あえて逆説的にゆっくりとした長調で作曲した名曲ですが、 そこに木管楽器の甘美な和音が「ポワ〜」と加わると、 本当に甘い優しい音楽に成り下がってしまいます。 あれでは歌手はどう歌ってみようもありません。かわいそうに・・・。 思うに一度の演奏会の中で必ず全ての楽器に出番を与えないと給料をあげられないといった事情があるのかもしれませんが、 そんなことのために演奏会全体を犠牲にするとは。
2)あまりにひどいチェンバロ!!
 ロマン派的に管楽器が和音を奏でるように編曲された結果、 原曲では低音楽器だけで支える部分で和音を奏でるべきチェンバロやオルガンは不要になったのですが、 それでもチェンバロもオルガンもステージの真ん中にちゃんといました。 そのチェンバロの弾き方といったら、 チェンバロ奏法の初歩的な手ほどきすら受けていないことが明らかなのです! ゆったりした曲で和音を全くアルペジオしないでガチャンと弾いたらどうなるか、 一度でもチェンバロのCDなり演奏なりを聴いた人ならわかりますよね。 通奏低音を理解していないピアニストが、 売っている楽譜(本来即興的に弾くべき和音を全部書き加えてあります) どおりに弾いてサマになるほどチェンバロは甘くありません。 私の生徒さんだってもっと上手に弾けます。
3)やる気の感じられない指揮者とオーケストラ!!
 合唱が歌わない曲になると聴いていてとたんに眠くなるのです。 何を私たちに訴えたいのか、何のために演奏しているのかが伝わってきません。 ところが後半になってから次第にオーケストラが生き生きとしてきました。 合唱があまりに真剣に歌うものだから感化されたのだと私は信じています。 最初やや調子のよくなかった4人のソロ歌手も後半になってよくなってきました。 演奏が終わってカーテンコールでソロ歌手たちが盛んに合唱団に拍手を送っていましたが、 その様子は儀礼的でなく心からの行為に見えました。 本来指揮者がするべきことを代わりに成し遂げた合唱団に盛大な拍手!!!
12月19日(月)
 もうすぐクリスマス。 皆様のクリスマスのご予定はいかがでしょう? 今年は24日と25日という、ものすごく良すぎる日に演奏会を設定しています。 どちらもクリスマスにちなんだ音楽を中心にほとんど同じプログラムですが、 24日のカーブドッチでは一部の曲をパイプオルガンで弾きます。 聴き所を紹介しましょう。
●バッハ:パストラーレ ヘ長調 BWV590
 オルガン曲とされるこの曲を今回はあえてチェンバロで弾きます。 1楽章は持続低音に足鍵盤が必要で「オルガン曲」とされる所以ですが、 最近の研究によると2,3,4楽章は元々チェンバロ用の独立した小品だったのではないかとのこと。 実際、4楽章はよほど反応のいいオルガンで弾かないと低音の動きがモゴモゴして様になりません。 そこで、1楽章の持続低音をオクターブ上げるなどしてチェンバロで弾くことにしたのです。 何も知らないで聴くと初めからチェンバロ用に書かれたと思えます。 CDでは聴けないですね。
●ブクステフーデ:暁の星のいと美しきかなBuxWV223
 これもオルガン曲とされるものですが、カーブドッチではオルガンで、 ギャラリー沙蔵ではチェンバロで弾きます。 尊敬するチェンバロ奏者のCDでこれをチェンバロでとても美しく弾いているのに触発されました。
●スカルラッティ:パストラーレ ハ長調 K513
 同じ「パストラーレ」でも国が違うとこうも違うかという見本です。 今年の4月4日にりゅーとぴあスタジオAで、ピアニストの石井朋子さんの演奏をお聴きになった方もいらっしゃいますか? それとは全く違うアプローチで元気に楽しく弾きますので請うご期待!
●クープラン:第6組曲(全曲)
 直接クリスマスとは関係ありませんが、牧歌的な標題音楽を集めた平和な組曲です。 有名な「神秘的な障壁」等が含まれます。
●自作自演:「ひいらぎ飾ろう」によるフーガ(2005年新作)
 誰もが知っているクリスマスのメロディーを弾くにも、楽器の特性に合わせた編曲が必要ですが、 どうせなので自分で作りました。 というより今作っているところです。 弾くたびに気になるところが出てきて直し続けています。 実は同じ主題で昨年作ったものをまた弾くつもりでいたのですが、 一年ぶりに見た旧作の未熟さは日々進歩する私の感性の許容範囲を超えてしまったので、 この忙しいさなかに作り直す羽目になってしまったのです。
※実はアンコールにもちょっと企みがありますが、季節物なので今しか聴けません。 気になる方、クリスマスの予定がまだ決まっていない方、 予定があってもやりくりしてくださる方、 皆様のお越しをお待ち申し上げます。
12月23日(金)
 昨日は群馬県桐生市まで演奏の仕事に行ってきました。日帰りです。 群馬交響楽団のコンサートマスターを退団した風岡優氏が新しく結成した弦楽合奏団の演奏会への出演で、 私の出番はプログラム前半のジェミニアーニ、コレッリ、ヴィヴァルディの協奏曲での通奏低音です。 さすがプロを集めての合奏団だけあって事前の合同練習は2日だけ、 しかも私はその都度楽器を群馬まで運んで練習に参加するのは現実的でないからと、 当日のゲネプロ(直前の通し稽古)だけの参加で本番を迎えなくてはなりませんでした。
 朝8時にこちらを出発したときから湿った雪がボサボサ降り続き、 関越道に乗ると前の車のテールランプも見えないほどの吹雪です。 どこまでが車線でどこからが路肩なのかも見えない状態の中、 たぶんこの辺が2車線の真ん中辺だろうと半ば勘で走っていると、 突然左前方にすごくゆっくり走っている軽乗用車が出現して冷や汗をかいたりしながら、 「ここで事故を起こすと演奏会がダメになる」とそれだけを心配して前進を続けました。 後で聞いたところでは私が懸命に吹雪の中を前進している同じときに、 新潟県内全域で吹雪による大規模な停電で大変だったとか。
 関越トンネルを越えると雪は小降りで、 赤城インターで関越道を降りてからは青空に太陽がまぶしく輝いています。 「山一つ越えてこの差は何なんだ!」 しかし一番分かりやすい前橋経由(かなり遠回り)のコースを取らず、 赤城山麓を巡る信号のない裏道を使うことでで大幅にショートカットできるはずだったのが、 積もった雪が圧雪になってなかなかスピードが出せません。 ゲネプロ開始は午後3時で、 冷え切ったチェンバロをじゅうぶん暖めてから調律に取りかかれるように、 12時には会場に運び込む予定でしたが、 昼食も取らずにひたすら前進し続けたにもかかわらず、 新潟県側の吹雪と群馬県側の圧雪のために1時間半遅れで到着しました。
 さてゲネプロですが、 本当に全曲をざっと通して演奏するだけでおしまいです。 私は事前にテンポも強弱も解釈も分からない状態でいろいろな可能性を想定して練習しておきましたが、 ざっと通す間に楽譜にメモをする時間もなく進んでいくので全部頭にたたきこみます。 全部終わってからソロの人が個人的に数箇所質問に来たくらいで、 すぐに食事、着替え、記念の写真撮影をしたところで開場時間となり、 私は本番のための調律に取りかかり、 調律が終わって5分後には1曲目の演奏が始まってしまいました。 ゲネプロで「これは想定外だった」という箇所もいくつもありましたが、 対策を考えても音にしてみる時間もなく、 すべてをその後のぶっつけ本番で何とか形にしてしまいました。
 普段ソロでの演奏がほとんどの私にとって、 このようなやり方は正直慣れていませんでしたが、 採算を考えずに時間と金をかけて合同練習を繰り返せばよい演奏ができるのは当たり前でも、 限られた条件の中で何とかしてしまえるのもプロに要求される能力なのだなと思いました。 バロック音楽では通奏低音パートの一員としてチェンバロもチェロもコントラバスも同じ楽譜を弾きますが、 彼らにしても日常的にチェンバロと合わせる機会のない方々がほとんどですから、 限られた時間で何とかしなければいけないのは同じことです。 初顔合わせのゲネプロはさすがに低弦とチェンバロはお互いにかなりずれていましたが、 その少し後に行なわれた本番の演奏では結構まとまったと思います。 時間がなくて直接会話のやり取りはほとんど無かったのですが、 私のアイデアを受け入れてくれてそれを拡大して表現してもらえたりして、 言葉であれこれ言う以上の心の交流を感じました。
 一日おいて24日、25日と新潟県内で演奏会のある私は優雅に宿泊をしている余裕はなく、 前半の自分の出番が終わったところで先に帰っていいと配慮してもらえました。 ところが帰路にはまた別のアクシデントが待っていました。 空には満天の星が輝いているというのに、 群馬県側の関越道が通行止めなのです。 この程度の雪は新潟県人にとっては積もったうちに入らないというのに。 「山一つ越えてこの差は何なんだ!」 迂回ルートの国道17号線は抜け道のない一本道で、 延々と時速20km以下のノロノロ運転が続きます。 月夜野インターからは関越道に乗れて、 新潟県側に入ると時折除雪車に待たされる以外はいつもどおりの雪道で何事もなく帰れましたが、 家に着いたのは午前2時半でした。
12月26日(月)
 昨日で今年の演奏会がすべて終わりました。 「過去の演奏」のページで数えてみたら46件あり、過去最高を記録しましたが、 そんなことは自慢しても仕方がないですね。 これから春までの充電期間には今までなかなか時間が取れなかった基礎的な技術向上や勉強を集中してするつもりです。
12月30日(金)
 ・・・と意気込んではみたものの、 クリスマス時期の3つの演奏会が終わるまでと放っておいた雑用が山になっていて、 それに自宅の大掃除も加わって基礎的な技術向上や勉強どころではありません。 しかしこのままでは全くチェンバロに触れないまま今年が終わってしまう!と危機感を持って、 やっぱり雑用を半分来年に持ち越すことにして毎日3時間ずつチェンバロを弾きました。
 明日31日は横浜の両親のところに帰省し、 元日はこちらに戻って三条市内の家内の実家に行き、 2日は栃尾の無形文化財「葎谷神楽」で一日中三味線を弾き、 チェンバロ演奏家に戻るのは3日からです。 何日もチェンバロに触れないと禁断症状が出るかもしれません。
 それでは皆様、よいお年を。来年もよろしくお願いいたします。


ご質問、ご感想、ご意見などは下記までお寄せください。
E-mail : yaoita@tochio.net
親切、迅速にお返事いたします。

トップページに戻る