チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2007年6月)

チェンバロ日誌
6月5日(火)
 一昨日の宮廷舞踏講習会の様子をお知らせします。
 昨年に引き続いて横浜から古典舞踏研究家の新倉好子先生をお招きし、 私のヴァージナルを持ち込んでの生伴奏です。 今年は欲張って時間も内容も増やし、 ルネサンスとバロック合わせて4つの代表的な踊りを一通り経験していただくようにしました。 定員のほぼ一杯である18人の方からおいでいただきましたが、 今年は半数の方がバレエ経験者でした! (会場が土足禁止で内履き着用ですが、 半数の方がバレエシューズを履いていらしたので分かったわけです)。 さすがにバレエ経験者の方々は何気ない動作の一つ一つが美しいですね。 立っている姿だけでも全く違います。 当時の貴族はメヌエットやガヴォットなどを自在に踊れることが必須の教養で、 小さいときから厳しい練習を積んできたので、 肖像画を見るとどの絵も姿勢がバッチリ決まっています。 それがあまりに体に染み込みすぎて、 フランス革命で農民に扮して逃亡しようとした貴族が、 その美しすぎる立ち姿ですぐにバレて捕まったという話も聞きます。
 最後のメヌエットは二人一組で長い列になって舞踏会の再現です。 私の演奏は同じ2つのメヌエットを延々と交互にリピートし続け、 前後の人と手をつなぎ直したりペアが入れ替わったり、相手の周りを回ったりしながら、 踊る相手が少しずつ入れ替わっていきます。 いにしえの舞踏会は普段近づけない立場の異性と公然と手をつないだり見つめあったりできる大切な機会だったというわけですね。 バッハに限らずバロック後期の組曲では、 メヌエットやガヴォット、ブーレといった当時流行の(つまり舞踏会で現役で踊られていた)舞曲の多くは、 長調と短調の2曲がセットになってダ・カーポするように作られています。 これはこのように延々と同じ曲を交互に演奏する舞踏会を模してのことです。 それに対して組曲の基本構成要素であるアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグの4曲は、 バッハの頃にはもうほとんど踊られなくなった古い舞曲で、 曲を聴いても踊りの臨場感を感じにくいわけです。
 皆さんたっぷりと踊って満足いただいたのか、 終わってからもいつまでも新倉先生に質問をしたり、 参考資料として置いておいた関連ビデオや書籍のタイトルを熱心にメモしたりと、 なかなか立ち去り難い雰囲気だったのは主催者として嬉しかったです。
 しかし喜んでばかりもいられません。 ある受講者の方から 「せっかく覚えても続けないと忘れてしまうのがもったいない。 一年に一度と言わず、もっと頻繁にできないか」と言われました。 確かにそうですね。 せっかく覚えても忘れ、一年後にまた覚えてもまた忘れる。 いつまでもその繰り返しでは一人の受講者としては進歩がなく意味がない。 だからでしょうか、昨年の受講者20人のうち、今年も受けてくださったのは一人だけでした。 ヨーロッパの古い宮廷舞踏を定期的に学べる場が新潟県内に求められているなら、 その環境を立ち上げる使命を果たすのは誰が適任なのでしょうか? 待っていても状況は変わらないでしょうからここに宣言します。 「八百板がやります!」
6月15日(金)
 3日の宮廷舞踏講習会、 その翌週には家内が趣味でかよっているバレエ教室の発表会と、 このところ舞踏関係のことが続いたためか、 ひとつ発見をしました。 自分のチェンバロで特にいい演奏ができているときにふと手を見ると、 指の動きがバレリーナの足さばきを連想させるのです。 逆にどうもうまく音楽が流れないときに手を見ると、 指の動きが映像として美しくありません。 そこで、ここ一週間ほどは練習のときに手を観察しながら 「映像として見てこの指の動きは美しいか」と自問するようにしています。 もちろん音楽ですから判断の第一は音でなされるべきですが、 理にかなった動きには美が宿るものならば練習の助けになるでしょう。 「映像として美しい」といっても、 無意味に腕をクネクネさせたり無駄に手首をピョコピョコさせることではありません。 あくまでバレリーナの限界まで研ぎ澄まされた動きをイメージします。 美しい動きはその動き始めと動き終わりが滑らかで、言い換えれば加速と減速が必ずあります。 美しい動きは常に動きが曲線的に流れていて、言い換えれば等速で動いているところや停止しているところがありません。 鍵盤楽器はキーを押してしまえば離すまでの間は何をしてもしなくても音そのものには何も作用しません。 ましてキーを押さない間は何をしてもしなくても音が出ないことに変わりはありません。 しかし音楽としてその音符や休符どうしをつなげていこうとするとき、 一見無関係と思えることもすべて密接に関係してくるのですから、 美の世界とは実に奥が深いものだと改めて感じています。
6月28日(木)
 すっかり遅くなってしまいましたが、遠征のご報告です。
 22日(金)の夜に愛車の軽ワゴンに2段チェンバロとヴァージナルを積み込みました。 自作の台車を使って2段チェンバロとその上にヴァージナルを積む作業は一人ではなかなか大変で、 1時間かかりました。 それでも以前は一度積んだ荷物をまた下ろしたり試行錯誤しながら1時間半かかっていましたから、 たくさんある荷物の収納場所がほとんど定まって手順も体が覚えてきたということです。 家内が時間が合えば手伝うと言ってくれるのですが、 私が楽器を積み込むのはいつも夜で、 家内はピアノ教室のかわいい生徒さんたちにレッスンしている真っ最中、 もう楽器は一人で積めるように自立しました。
 23日(土)は早朝に家を出発して水戸市内の知人宅へ。 の予定が朝1時間も寝坊したために、 道中の休憩がほとんど取れません。 磐越道は片側一車線の対面通行区間がたくさんあって、 ルームミラーが使えないほど一杯に積み込んで重くてスピードが出ないのに後ろからは煽られるし、 しかしそのお蔭もあってどうにかお昼前に水戸に着きました。 水戸の知人がご自宅の隣の「文化住宅(高度成長期に大量に生まれた平屋住宅のこと)」を3棟買い取って、 ご主人の瓦職人としての腕も生かしてすてきな和風空間に作り変えたところが会場です、 と以前にもご紹介しましたが、 お邪魔するたびにご主人の手作業で少しずつどこかが進化しています。 改装が間に合えば大々的に手を入れて壁をすべて取り払った3棟目が会場に使えるという話でしたが、 間に合いませんでしたのでそれはまたのお楽しみです。 1時半からのコンサートは、古典舞踏研究家の新倉好子先生がレクチャー、私が演奏を受け持って、 20人ほどのお客様と親密な3時間を過ごすことができました。 その日はそのまま2棟目を改装したゲストハウスに泊めていただきました。
 24日(日)は午前中にまず奥様にチェンバロのレッスンを、 それから3月に魚沼小出郷文化会館主催のピアノ合宿で知り合った水戸在住のピアニストがいらして、 本物のチェンバロは初めてという彼女にもレッスンをして差し上げました。 音楽的能力がとても高いのにチェンバロは初めてということで、 バッハのインヴェンション第1番(演奏時間1分の小品です)だけをネタに、 チェンバロ独自の美学をあれもこれも伝えたいと欲張って、 たっぷり1時間以上充実のひとときになりました。 お昼は彼女も一緒にご馳走になり、 私はそのまま横浜に直行するのももったいないので、 水戸駅前に車を停めて2時間ほど観光しました。 こちらに呼んでいただくのは4回目になりましたが、 水戸の空気の感じが何となく肌にしっくり来るようになってきた気がします。 夕方過ぎに横浜の両親の家に着きました。
 25日(月)は午前中することがないので余裕で大寝坊、いや大切な休養を取って、 昼に出発して1時に会場入りしました。 横浜のこの会場は9回目になりますが、 ここ数回急にお客様の入りが増えてきたのは嬉しい限りです。 会場から遠く離れて暮らしているので宣伝らしい宣伝はほとんどできないのですが、 新聞などで知ったという新しい方のほかに、 一度お聴きくださって懲りることなく常連になってくださる方は本当にありがたいです。 先の日誌に書いた「指の動きがバレリーナの足さばきを連想させる」奏法は、 17日の新潟での演奏よりもさらに身に付いてきて、 毎週演奏が変わっていくのを実感します。 ご来場くださった皆様、 この調子で次回11月の横浜遠征はさらにレベルアップしていますのでご期待ください!
 26日(火)はやはり大寝坊、いや大切な休養を取って、 午前中の遅い時間に出発しました。 いつものとおり首都高速は駐車場状態、 何とかならないですかね。 それでもまだ明るいうちに新潟県に入ったので、 愛する越後の風土を感じるべく塩沢石打インターから下道に下りました。 夕方見附チェンバロスタジオに着いて、 やはり1時間かけて2台の楽器を降ろしました。


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