チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2008年5月)

チェンバロ日誌
5月12日(月)
 6月の自主演奏会で弾くバッハの「6声のリチェルカーレ」の練習が大変!です! 鍵盤楽器を弾かない方にはなかなか想像しにくいかもしれませんが、 何がどう大変なのか書きます。
 片手で1つの旋律を弾くだけなら、鍵盤楽器はかなり楽な楽器と言えるでしょう。 音程のことは全く気にする必要がないし、キーを押すだけでとりあえず音が出ます。 (もちろん、最高に美しい音を出すためには世界的なプロでも片手ずつの練習を一生追及するのですが。) それが、左手も加わると途端に10倍も難しくなります。 その左手が、ただ和音で「ブンチャッチャ」と弾いているだけではなく、 バッハの15曲のインヴェンションのように完全に独立した旋律が右手と絡み合いながらとなると、 その難しさは何十倍です。 (この段階で、多くのピアノ教室の子供たちはバッハを嫌いになるみたいです。 ものすごく苦労するのに、全然難しそうに聴こえないんですから、 というか、聴いてくれるお友達や家族は、 左手にもメロディーがあること自体分かってくれないんですから、 苦労が報われないというものでしょう。 本来芸術の価値とは、どれだけ難しそうに見えるかなど関係ないものですが、 子供にとっては目に見える達成感が確かに大事ですからね。) そしてその次、バッハの15曲のシンフォニアに進むと、 左右の手で3つの完全に独立した旋律を同時に弾くことになり、 その難しさはさらにアップします。 ここで重要なのが、同時に登場する旋律の数が2から3へ1.5倍になったからといって、 難しさが1.5倍では済まないことです。 私がチェンバロ教室で教えている感じでは、まあ5倍は下らないでしょう。 で、これを全部弾いたことのある人はピアノ人口の数%ということになってしまうでしょうか。 (そう書いている私自身、子供のときにピアノ教室が嫌になって飛び出すまでに、 結局バッハのシンフォニアは全部終わりませんでした・・・。) それが終わると、バッハの最重要曲集「平均律クラヴィーア曲集」です。 第1巻、第2巻合わせて48曲の前奏曲とフーガからなり、 フーガのほとんどは3声か4声(同時に登場する独立した旋律が3つか4つ)で、 中に5声のものが2曲あります。 この曲集を全部きちんと弾いた人は、音大のピアノ科卒業者でもどれくらいの割合なのでしょうか、 私もきちんと演奏会で弾いたのは3分の1ほどです。
 世界中のピアノ教育カリキュラムではバッハの対位法作品との取り組みはこれで終わりになるのですが、 バッハは最晩年に「6声のリチェルカーレ」という巨大な作品を残しています。 演奏時間は11分、完璧に演奏すれば、巨大な伽藍が目の前に迫ってきて押し潰されそうな錯覚を起こすほど(のはず)なのですが、 私がまだ駆け出しの頃に無茶して弾いたときには、 単なる6音からなる和音の連鎖で終わってしまって、 6つの独立した旋律の絡み合いを表現できたところは一ヶ所もなかったです。 今回はそのときに使ったコピーの楽譜は捨てて、 また新たにコピーしなおして心機一転、初めて取り組むようにして練習していますが、 どう弾かなければならないか分かるようになった分、自分の演奏に満足できず、 「今日は4小節だけ進んだ」「今日は1小節も先に進めなかった」といった具合です。
 ですが、演奏会では決して「私はこんなに難しいことをしています」という演奏はしたくないです。 バッハは難しさを誇示するためにこの曲を書いたのではないですし、 そもそも誇示できるような種類の難しさとは正反対です。 内面から沸き起こる精神性の高さで勝負するしかないです。 これを本番で弾き終えたとき、 まだ理想とは程遠いにしても、 そこには確かに成長した自分がいるであろうことを信じて今日も練習です。


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