チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2009年2月)

チェンバロ日誌
2月13日(金)
 「今後の演奏予定」に掲載しましたように、 3月1日に東京まで行ってヘンデルのオラトリオ「メサイア」の通奏低音を弾いてきます。 練習最優先でその他のことを後回しにしていて今頃掲載しましたが、 なんとチケットは完売だそうです。
 来週は日曜に新潟、木曜に長岡でソロの演奏会です。 内容の違う演奏会の準備をいくつも並行して進めるのは、 よくよく時間配分を考えないとつい目の前の演奏曲目にばかり時間をかけてしまって、 後でひどい目に合います。
2月16日(月)
 昨日演奏した会場は新潟の古い町屋を改装したギャラリーでした。 4年前にも一度演奏しましたが、 伝統的な日本家屋で残響はほとんど無いですから音響条件はいいとは言えません。 ところが不思議なことに、 今回はチェンバロの音がとても大きく感じられたのです。 私がそう感じるだけかと思ったら、 ギャラリーの方もそうだとおっしゃいます。 どうしたのでしょう? ここからは推測ですが、 この4年間の私の成長の結果として、 「鳴っているはずの音を聴いているつもり」から、 少しは「実際に鳴っている音をよく聴く」ようになってきたのかな?と思います。 会場の残響は無くても、 そのかわり楽器内部の小さな残響を聴き逃さないように意識を向けて、 結果として耳と意識の感度がアップして大きな音に感じられたのでしょう。 興味深いのは、 そのように意識が変わった私だけでなく、 聴くほうの方々も大きな音に感じたことです。 これも、演奏者が真剣に意識を向けた事柄にはお客様も自然に意識が行くからなのでしょうか。 心と心のやり取りである音楽の世界は不思議なことがたくさんあります。
 さて、今週の木曜は長岡で「チェンバロ演奏とお話の会」の2回目です。 今回のテーマ曲の前奏曲には、 一般に弾かれている形(最終稿)のほかに、 バッハがはじめに書き下ろした初期稿(最終稿の3分の2の長さしかありません)と、 もう少し改訂された中間稿(だいぶ最終稿の長さに近くなりました)も残っているので、 どうせなのでみんな弾いて比べてしまおうと今日思いつきました。 これら一般には「不完全」「未熟」とされている稿は、 楽譜自体がどの出版社のものにも載っているわけでなく、 演奏会や録音では絶対にと言っていいほど聴く機会のないものです。 ですが、何度も弾いていると固有の魅力が感じられてきて、 改訂して最終稿に至る過程で失われる要素もあるのだとつくづく感じます。 今回の前奏曲ハ短調では中間稿の終わり方の潔さが私は好きです。
2月26日(木)
 ヘンデル作曲「メサイア」の練習が最後の追い込みです。 明日の午後に楽器を積んで東京に向かいます。 いつものことながら(前回2006年9月29日の日誌もご覧下さい)、 メサイアの本番直前は練習しながら厳粛な気持ちになります。 今は夜の9時ですが、 仕上げにこれから各曲を2回ずつ通して練習すると、 スタジオを出るのは夜中の2時過ぎになる見通しです。


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