チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2009年7月)

チェンバロ日誌
7月4日(土)
 またまた一週間遅れで報告です。 時々「今後の演奏予定」で予告されなかった演奏会が「過去の演奏」のページに載ることがありますが、 これは一般の方を対象としない催しです。 6月27日の演奏会もそうでした。 呼んでくださったのは3月にメサイアの公演でお世話になった「東大和市民合唱団」の方々です。 メサイアのようにバロック音楽にしては編成の大きいオーケストラの中でチェンバロの蓋を外して指揮者の目の前に陣取った場合、 チェンバロの音は客席に向かわずに周り(特に上のほう)に広がってしまうので、 客席からはあまりよく聞こえなかったと思うのです。 ですがオーケストラの後ろの高い位置にある合唱席からはかなりチェンバロの音が良く聞こえたようで、 終演後のパーティーでも「チェンバロの音がすてきでした!」と多くの合唱団の方々に喜ばれました。 気をよくした私が「6月に横浜で演奏するので、その帰り道に立ち寄って、 合唱団の皆様限定のコンサートをしてもいいですよ。」 と思いつきで発言したらあっという間に話が進み、 今回の演奏会となった次第です。
 東京ではそれこそ毎日のようにバロック音楽の演奏会があって、 私は新潟にもチェンバロがもっと広まるようにといっしょうけんめい活動していますが、 東京といってもド真ん中ではない所で、 こんなに至近距離でチェンバロのソロの演奏を聴けることはほとんどないのだと言われました。 身近にチェンバロに接する機会を待ち望んでいる方々がいるのなら、 東京にたくさんたくさんいるチェンバロ奏者たちに遠慮してないで私も積極的に出かけていこう! ととても嬉しい気持ちで、今年12月にもまたお邪魔する約束をして帰ってきました。
7月19日(日)
 今日はヴォーカルアンサンブル・ルミネのメンバーの一人が主役を演じる演劇の公演を見てきました。 この劇団の公演を見るのは数年ぶり3回目なのですが (というより私の人生で演劇の公演を見ること自体がまだ3回目です)、 今日特に感じたのは「何てリアルなんだ」ということです。 テレビでドラマを見るとき、 それはあくまで四角い箱の表面に映った像であって、 私と役者さんとは物理的に完全に切り離されています。 筋書きに入り込みたくないと思えば適当に無視することも簡単です。 ところが今日のは、 筋書きがテレビドラマにもありそうな日常を切り取ったものなのでなおさらでしたが、 役者さんたちと見ている私とが同じ空間にいて同じ空気を吸っているというリアルさを強く感じました。 役者さんどうしが非常に気まずい関係を演じているときに、 客席もすっかり気まずい雰囲気につつまれて異様な静寂です。 適当に無視することなどできません。 「劇というものは本来テレビではなく生で見るべきものだったんだ」と、 テレビが発明されるまでは当然のこととして人類が何千年も積み重ねてきた劇の重さを再認識した次第です。
 これは音楽でも同じですね。 録音よりも演奏会のほうが、 演奏者と客席の間に適当に無視することを許さない強い関係が生まれやすいでしょう。 ただしそれは演奏者が演劇の役者ほどに役に入り込まなければできないことで、 「この難しい音を外さないように」などということに頭が占領されていてはいけませんね。


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