チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2010年9月)

チェンバロ日誌
9月6日(月)
 先月末のことになりますが、 八百板チェンバロ教室の第11回発表会が行われました。 このたびも出演者皆さんの熱演から私はたくさんの勇気をいただきましたのでご紹介します。
 ご自分のレベルよりもかなり難しい曲に取り組まれながらも今までで一番流れる演奏をしてくださった方、 逆に易しい曲を選ぶことで全く心配のない安定した演奏をしてくださった方、 ご多忙な中でも間近の集中練習でしっかりと本番を迎えてくださった方、 ご自分のクラヴィコードを持ち込むご苦労をなさってまでその妙なる音色を披露してくださった方、 2年ほどのチェンバロ歴ながら驚くべき早さでチェンバロ特有の表現をしっかりと身につけられた方、 人前で初めての鍵盤楽器演奏でありながら直前まで何度もレッスンに来られてチェンバロの美しい音色を引き出してくださった方、 大人数のアンサンブルを組んでの限られた練習の中で音程とリズムを合わせる以上の心の交流を垣間見せてくださった方々、 アンサンブルの一員に安住せずにソロも披露してくださった方、 他に誰も弾きたがらないような難解な音楽に挑戦して本当に辛抱強く克服された方、 「重要な作曲家なのに県内で誰も演奏しないから自分こそが演奏する」と使命感に燃えて数多くのレッスンを重ねられ、 超ご多忙にもかかわらずご自分の演奏曲の長大な解説文までご用意くださった方、 会場が全く静まり返るほどの集中した演奏をしてくださった方、 ご自分のキャラクターと曲が求める性格との違いを克服しようという高い次元にまで到達された方。
 発表会のレベルは会を重ねるごとに高まっています。 レベルとは曲の難しさだけでなく、 演奏の完成度、感情の表現、聴き手との心の交流といったさまざまな次元でのことです。 終演後の一言感想会での「今回初めてお客様が自分の音を聴いているのを感じた」との言葉がとても印象的でした。
 チェンバロ教室の皆さんは私の誇りです。 これからも新潟県のチェンバロの歴史をともに歩んでまいりますので、 ご声援の程よろしくお願いいたします。
9月19日(日)
 新潟古楽フェスティバルが終わりました。 今回はその2日前にギャラリー mu-an での「チェンバロ演奏とお話の会」があったので、 練習を両立させるのがなかなか大変でした。 加えて1歳9ヶ月になる娘を風呂に入れたりご飯を食べさせたりといった楽しいことに時間を割かれて、 目の前の演奏会のこと以外は一切後回しにしていました。 ひと区切りついたので、たまった用事を一気に片付けて気分一新したら、 一日くらい何もしない休息の日でも設けようかと思っていられたのは今日の半日だけ、 たまった用事が一日や二日で片付く量ではないことに気づいた上に、 これから冬にかけての演奏会の準備がほとんど進んでいないではないですか! 今日も弁当を夜の分まで2つ持ってきておいてよかった。 また夜型の生活が始まるのでした。
9月29日(水)
 忙しくて時間がないとき(私の場合は一年中ですが)、 練習は限りなく効率的に行わなくてはなりません。 感情に任せて練習していた頃のいろいろな反省や失敗を経て、 必要に迫られてですが効率的な練習のためのルールを自分で定めて実行するようになって、 私の練習効率は少なく見積もっても倍以上に向上しました。 今日はそのお話です。
 ルールを一言で表すなら「何時間練習しようとも一回も間違わないこと」です。 間違えるから練習が必要なのでは?との声が聞こえてきそうですね? そう、私もずっとそう思って膨大な時間の無駄を積み重ねてきたのです。
 演奏中の理想の姿を考えてみると、 「音符のことや指の動きなどはほとんど無意識で処理できていて、 心は芸術の表現に専念している状態」と言えるでしょう。 それは言い換えれば「指の動きの制御が大脳から小脳にすっかり移管されている状態」です。 あるフレーズを初めて弾いてみるときは大脳がフル回転で「この音をこの指で弾いて・・・」と考えて処理しますが、 何度も何度も繰り返すうちに小脳が筋肉の運動の連鎖として記憶を始めてくれます。 やがて同じフレーズの反復練習が退屈になって弾きながら全然違うことを(大脳が)考え始めますが、 それがすなわち運動の制御が小脳に移管された状態です。 もはや大脳は指の動きを考えることから開放されて、 出てくる音が理想の美しさを伴っているか、 フレーズの歌い方は作曲家が求めた感情を表現できているか、 といった高度なことに集中できるのです。
 では、とにかく気合を入れて反復練習をしさえすれば小脳は運動を記憶してくれるのでしょうか? じつはそれが大問題だったのです。
 まず、大脳がフル回転の状態だと、小脳が運動をなかなか記憶してくれません。 ですから、できる限り大脳に負担をかけないで練習するように、 まずは運動を単純に(片手ずつ、そして1小節とか2小節とかの短い範囲で)、 それから運動をゆっっっくりとおこないます。 ちょっと慣れてくるとテンポを上げたり何小節も続けて弾きたい衝動に駆られますが、そこが我慢のしどころ。 そんなことをするとまた大脳が働かなくてはなりませんから、 全然違うことを考えられるまでは「短く、ゆっっっくり」のままです。 では、ほぼ完全に全然違うことを考えながら弾けるようになったとき、 いきなりテンポを早くして弾いてみましょう。 驚いたことに、そのテンポでは一度も練習していないにもかかわらず、 ちゃんと弾けてしまうのです。 小脳にはこういう素晴らしい能力があるので、 とにかくそれを信じましょう。 本番が迫ってきたりすると「今頃こんなにゆっくり弾いている場合か?」と焦りますが、 一見遠回りのようでも上記の方法が最短経路なのです。
 次に、私自身も昔はよくやっていた過ちに「練習中の間違いに無神経なこと」があります。 いきなり両手で速いテンポで練習を始めたりして 「間違えた」「また間違えた」「また間違えた」「また間違えた」「また間違えた」 「弾けた!!さあ次のフレーズを」というものです。 クイズに答えるのならこれでもいいでしょうけれど、ちょっと考えてみて下さい。 この練習方法では大脳フル回転なので小脳の記憶効率は悪いとはいっても、 正しい動作1回に対して間違えた動作5回ですから、 小脳は間違えるときの筋肉の動きを記憶し始めますね? そうです、だからいくら練習しても毎日同じところで間違えるのです。 そして練習すればするほど間違いが深く深く記憶されていくのです。 そもそも目的の音と違う音を弾いてしまうのは、 指にとってはその動きの方が自然だということですから、 その傾向を消し去るためには他の箇所以上に正しい動きを繰り返し繰り返し練習する必要があります。 もう一度同じ間違いをしてはそれまでの努力が水の泡なのです。 「何時間練習しようとも一回も間違わないこと」というルールはこういう意味です。
 おっと、忙しくて時間がないのにこんなに時間を使ってしまった。


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