チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2011年10月)

チェンバロ日誌
10月9日(日)
 いやはや、大変な一ヵ月半でした! 原因はバッハの「音楽の捧げもの」のトリオ・ソナタの通奏低音(チェンバロ伴奏のこと)。 10月4日の柏崎でのコンサートで、 主催者からのリクエスト曲です。 バロックのソナタ1曲の通奏低音であれば、 大抵はどんな曲でも1ヶ月真面目に取り組めばかなりのレベルに達するものです。 ところが、8月中旬に春からのシーズンがひと段落し、練習を始めてみて顔面蒼白! かつて経験したことのない複雑な和声進行で、全然練習が進まないのです。 特に込み入った、半音階主題に2つの半音階対旋律が絡むようなところでは、 一日練習して楽譜の1段も身に付かない始末です。 どうしよう!間に合わない!
 バロック音楽は「和声的対位法」とも呼ばれ、 たとえフーガであってもまず和声進行が先に決まり、 それに合うように対位法の各声部が作られるものなのです。 ところが、亡くなる3年前のバッハの対位法はもうその領域を超越してしまって、 各声部の進行はバロック音楽としてあり得る範囲のものであっても、 結果として生じる和声はその後の古典派もロマン派も近代も通り越して、 まるで20世紀音楽を思わせるような部分すらあります。 通奏低音は右手で弾く音が楽譜に書いてなくて即興的に弾くものなので、 バロック音楽しか弾かない私の語彙には20世紀音楽の和声はありません。 クラシック専門のピアニストにいきなりジャズの即興演奏をしろ、 というのと同じくらいハードな要求といえるでしょうか。
 そんなこと言っても、とにかくやるしかないです。 9月上旬には新潟古楽フェスティバル、 中旬にはゴルトベルク変奏曲の第3回、 そして柏崎の2日前にはチェンバロ教室の発表会も控えているので、 もうここは腹をくくって練習時間の確保です。 すなわち「家に帰らない」。 家とスタジオの往復の1時間ももったいないですが、 家にいれば育児やら家事やらにどうしても時間をかけてしまいます。 それに、家で布団に入ればどうしてもしっかり睡眠時間を取ってしまいます。 スタジオで数時間ずつ分けて仮眠を取り、 睡眠時間自体を減らそうというわけです。 先送りできることは可能な限り先送りし、 結果としてこの日誌の更新もお預けになった次第です。
 この試練を何とか乗り越え、 当日会場で大きな拍手を頂戴することができました。 でも、もうこんなハラハラドキドキの思いはしたくないので、 どの曲も早め早めに練習を始めることにします。 なのでやっぱり家の布団でゆっくり寝られないことに変わりはないかもしれませんが、 自分から攻めるのと日程に追われるのとでは心の健康にとって大違いですよね。
10月15日(土)
 11月17日のゴルトベルク変奏曲の会で弾く中にある、第14変奏のお話です。 ゴルトベルク変奏曲の構成は チェンバロ演奏とお話の会vol.2 バッハのゴルトベルク変奏曲第2回:第1変奏〜第6変奏 をご覧いただくとお分かりのように、 3曲ごとに左右の手の音域が交差する変奏が現れます。 この第14変奏もそのうちの一つですが、 曲集が中盤に差し掛かるにあたって、 この左右の手の交差もいよいよ過激になってきましたよ。 楽譜をお持ちの方はご覧いただきたいですが(または楽譜屋さんで立ち読みしていただいてもいいですが)、 右手がとんでもない低音を弾き、同時に左手がとんでもない高音を弾きます。 なので左右の手は豪快に肘あたりで交差します。 こんなふうに手を交差させると指はどちらを向きますか? そう、右手の指は左前というよりはほとんど左真横を、 左手の指は右前というよりはほとんど右横を向きます。 でも、それでは鍵盤を弾けませんから、手首をひねって弾けるようにします。 しかも、ただ弾ければよいというわけにはいきません。 よい音を出すためには指は鍵盤と並行でなければいけませんから、 手首はかなりひねる必要があります。 でもそうすると右手はそんなに低い音を弾けませんし、 左手はそんなに高い音を弾けません。 ではどうするかというと、 左右の手は肘あたりで交差するだけでは済まずに、 豪快に上腕で交差するのです! 皆さんもやってみるとわかりますが、 肩甲骨が思いっきりストレッチされて、 とても気持がいいですよ! 楽器を弾く前に筋肉をほぐすためにストレッチをするというのはよくある話ですが、 楽器を弾くことによってストレッチになるという例はなかなか無いですよね。 11月17日においでくださった方には、 こぢんまりとした空間での催しならではの特典として、 この曲の演奏の時には鍵盤の近くに集まってご覧いただくつもりです。 興味をお持ちの方はぜひ生の演奏をお聴きください、 ではなくて「ご覧ください。」


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