チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2011年12月)

チェンバロ日誌
12月3日(土)
 私は今感動しているのです! ここ数日、今月コンサートで弾くパッヘルベルのシャコンヌを集中的に練習しているのですが、 練習しながらとにかく感動してしまうのです。 チェンバロでもオルガンでも弾けるので、 23日にはチェンバロで、25日にはオルガンで弾きます。 皆様には両方聴いていただきたいくらいです。 1ヶ所だけ、普通ならこの楽譜だと足鍵盤を使うだろうという所があって、 オルガンでは楽に弾けるのですが、 チェンバロで弾こうとすると右手で速い旋律を6度の並行で弾くのがなかなか難しいです。 それでも、ゆっくり弾いても感動的なので、 はやる気持を抑えて丁寧に練習するのも喜びです。 同じところをいつまでもいつまでも繰り返し練習していたい気持ちです。
12月5日(月)
 娘のことを書き始めると「子育て日誌」になってしまうからと控えていたのですが、 今日は音楽にも関係あることなので少々。
 もうじき3歳になって来春から保育園なので、 同じ年齢の子どもたちとコミュニケーションする練習を始めようと思い、 近くの保育園が地域の未入園児を午前中に受け入れているので時々連れて行きます(今日も行きました)。 そこにいるのは1歳とか2歳とかの子ばかりですから、 当然あちこちで泣いてる子がいるわけですが、 うちの娘は(兄弟もいないし、今まで親の怠慢で公園などにあまり連れて行ってあげなかったので) 他の子が泣くのを見ることに全く免疫ができていなくて、 誰か一人が泣くたびに自分も一緒になって目にいっぱい涙を湛えて必死に耐えているのです。 その子がとっくに泣きやんでも、娘はいつまでもいつまでも固まったまま動けないのです。 こちらとしてはつい「他の子が泣いても平気でいられるように早く慣れさせないと」などと思ってしまうのですが、 でもよく考えてみればおかしな話です。
 恥ずかしながら自分に子どもができるまでは 「小さい子は簡単なことでよく泣くけど、 それは些細なことでも涙が出やすいだけで、 本当につらかったり悲しかったりするわけではないのだ」と思っていたのですが、 小さい子にとっては大人から見て簡単なことでも泣くほど重大なことなのだと分かりました。 それを今「集団生活のため」と称して一日も早く鈍感にしようとしているわけです。 実際他の子たちは横に泣いてる子がいても自分の遊びに夢中で楽しそうに笑っていたりします。 そうやってさんざん子どもの感受性を鈍感にしておいてから、 「人の痛みが分かる優しい人になりなさい」とか、 「音楽を志す者は些細なことにも涙を流す繊細な感性を磨くことが必要だ」とか、 勝手なことを私たち大人は言うんですよね。
12月19日(月)
 先週は久しぶりに重い風邪を患いました。 コンサート等の最重要なことへの影響はどうにか回避できましたが、 レッスンはみんなお休みにしてしまいました。 その一週間ほどをレポートします。
 13日と14日はイタリアから来日した弦楽アンサンブルの長岡リリックホールでのコンサートに、 チェンバロの貸出しと調律の仕事をしました。 予定ではコンサートが終わる14日の夜から怒涛の練習モードに突入して、 週末の山形県酒田市での私のコンサートに向けて二日間の遅れを取り戻すつもりだったのですが、 コンサートの最中からどうも体調が変です。 疲れるし、何だか寒いし、イタリア人のために調律するという慣れない仕事のせいかとも思いましたが、 どうやらそんな生易しいことではすまない気配が濃厚になってきました。 といっても、そのまま帰宅してのんびり寝てはいられません。 週末に山形県酒田市で演奏するプログラムの中に数曲、 そのコンサートだけのための曲の練習がまだ万全ではないのです。 二日間のチェンバロ貸出し&調律業務の間にもそれらの曲だけは練習を続けて調子を整えてきましたから、 とにかくそれだけは練習しよう、と決めて、 そのためのエネルギー源にとニンニクとネギが大量に入ったラーメンを食べに行ってからスタジオに着きました。 気合で練習している間にもどんどん調子が悪くなってきて、 弾きながら平衡感覚がおかしくなったので諦めて帰宅することにしました。 が、いつのまにか室温がかなり高くなっていたチェンバロの部屋から出たとたんに、 過去44年の人生で一度も経験したことのない激しい悪寒に襲われました。 手先の振幅が15cm、顎の振幅は測りませんでしたが、 冷え切った車を運転する30分の間、あまりの震えに呼吸もままならないほどでした。
 15時間ほど寝通して目が覚めると15日の午後です。 悪寒は収まっていましたが今度は喉に異変が来そうだったので、 その日の夕方のレッスンと、翌16日の長岡教室を全部お休みにする連絡をして、 朝食だか昼食だか夕食だかわからない食事をとにかくしてからまた寝ました。
 さらに18時間ほど寝通して目が覚めると16日のお昼過ぎです。 当初の予定では長岡教室を終わらせてスタジオに楽器を下ろしてから山形へ向かうことにしていましたから、 これから旅の支度をしても出発までに数時間は練習ができます。 長岡教室の生徒さんたちごめんなさい。 やっぱりレッスンのためにコンサートを犠牲にするわけにはいかないんです。 この冬初めての本格的な降雪の中を山形まで5時間かけて走り抜けて、 海沿いの圧雪に時々肝を冷やしながらホテルに着いたのは夜の11時過ぎでした。
 山形県酒田市のコンサート会場はお医者さんの一室ですが、 ちゃんと「ホール」と名前が付いていて、 チェンバロが2台に椅子が60脚ほど、チェンバロのコンサートに最適です。 朝の10時に到着して、開場までの5時間ほどをとにかく無駄なく使わなくてはいけません。 午前中はメインとなる2段チェンバロのタッチに慣れることに専念して、 午後は「一年以上弾いていない、すなわち全然整備していない」という1段チェンバロの整備に充てることにしました。 1時間を目標に始めた整備ですが、次から次へと直すべき所が出てきて、 コンサートで使えるレベルにまで音を均一に揃えるのに結局2時間以上かかったでしょうか、 これが誤算の1つ目。 整備が終わって気がつくと開場30分前で、 ここでのコンサートだけのための数曲をこの1段チェンバロで慌しく練習しました。
 コンサート自体は熱心なお客様方がとっても温かく迎えて下さり、 幸せな気持で演奏できたのですが、 例の1段チェンバロの調子が演奏中におかしくなってきました。 いくつかの重要な音でキーをゆっくり戻したときに爪が弦の上に乗ったままになって次の打鍵で音が出ない、 業界用語で言う「首吊り」を起こし始めたのです。 これが誤算の2つ目。 本当は一通り整備した後にさらに1時間以上弾き込んで、 起こりうる問題を出し尽くしてから本番に臨むべきものなのですが、 覚悟をしていたとはいえ焦ります。 いくつもの音の首吊りを直すには5分くらいコンサートを中断しないといけませんが、 コンサートには流れというものがあって、 時には楽器の整備よりも優先するほど大切なものです。 今回はその首吊りを起こす音だけ意識的にキーを離す動作を素早くして (音楽的には問題ですが衝撃で首吊りを防げる確率が高まります)、 次に打鍵するときが近づくと空いている指でキーをそっと触ってみて首吊りを起こしているかを確認し(曲を演奏しながらこれをするのはかなり大変です)、 もしそうなら打鍵するときに最高速で連打して(後のほうの打鍵で音が鳴ります)、 どうにかコンサートを中断せずに済ませましたが、 十分に心を込めて演奏するというわけにいかなかったのが何とも心残りでした。
 コンサートが終わって、その日は関係者で打ち上げ。 山形のお酒も美味しいですね! お酒を飲むのは半年ぶり位かもしれないです。
 翌朝はホールのオーナーのお医者さんが吹くフルートのレッスンをして差し上げました。 奥様のチェンバロと一緒にバッハのフルートソナタ・ロ短調です。 昨日のコンサートで調子に乗ってトークした喉は未だ治りきらない風邪のせいもあってだんだん声が出しづらくなってきましたが、 私はレッスンになるとつい大声で歌ってしまうので、 ますます虎のような声になっていくのでした。 アドバイスしたいことは山のようにありましたが、 今日は見附のスタジオでもレッスンの予定があるので残念ながら1時間で切り上げました。 さすがに虎のような声は何とかしなければと、 帰路の最初に立ち寄ったコンビにで「のど飴」を買ってなめると、 のど飴ってこんなに効くものだっけ?というほど気持がいいです。 山形も新潟もさすが雪国、 圧雪はきれいに除雪されていて、 帰路は快調に飛ばせて無事スタジオでのレッスンに間に合いました。 レッスンを一つ終わらせるとあらゆる仕事を放り投げて帰宅、 娘の誕生パーティーがはじまりましたが、音楽に関係ないから割愛します。
 そして今日、 今週は2つのコンサートが控えていますから、 治りきらない風邪を何とかしようと昼過ぎから5時間昼寝をしてスタジオに来ました。 先月末に弾いて以来の足鍵盤付きオルガン曲を中心に練習し、 久しぶりにこの日誌を書いて、 おっと、こんなことに2時間も費やしている場合ではないのに!


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