チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2013年1月)

チェンバロ日誌
1月17日(木)
 新年の初演奏はギャラリーmu・anさんでのイギリス組曲第4番ヘ長調でした。 6曲のイギリス組曲の中でも数少ない長調の曲です。 最終楽章ジーグの主題が狩猟ホルンの音階でできていることから、 「牧歌的な響きのヘ長調」「田園を思わせるホルンの音」といった内容でしゃべりまくった後、 6曲のイギリス組曲の中でも珍しく自然体でおおらかなこの曲を伸び伸びと弾きました。
 実は私はヘ長調の曲を弾けるようになったのはようやくここ数年のことなのです。 チェンバロ奏者として駆け出しの頃は特に、 激しい曲、深遠な曲、苦しみ悶える曲、といったいわゆる「すごい曲」ばかり弾いていました。 「すごい曲」というのはしっかり分析して頑張って練習していっしょうけんめい弾けばとりあえず形にはなるので、 当時の私にも努力の方向が分かりやすかったのだと思います (本当はその程度のことでは全く不十分なのでしたが)。 それに対してヘ長調というのは当時の私には何とも捉え難く、 「自然体でおおらかに弾く」が「何も考えずにぼーっと弾く」になってしまいそうで、 自信を持って弾くことができませんでした。 結果として私は「短調の曲のほうが自分には向いているのだ」とずっと思っていました。
 ところが家内と出会って演奏を聴いてもらうと、 長調の曲のほうが私の性格に合っているし、 いい演奏ができていると言うのです。 「でも長調の曲では何も考えないで弾いていることも多いのだけど」と白状すると、 「何も考えないからこそ作為的でない音楽の本質に近づいている」と言われました。 そうか、分析して頑張っていっしょうけんめい弾いたってダメなんですね。 理屈で考えた事柄は心で感じる次元にまで消化する必要があったんですね。 このあたりから、長い年月を理系人間として過ごしてきた私の偏った性格の矯正が始まったのでした。
 今ではヘ長調は私の大好きな調の一つです。
1月30日(水)
 四日後に迫ったアンサンブル公演のために連日スタジオに泊まりこみで通奏低音漬けの毎日です。 プログラムはオール・バッハですから、 バッハの複雑な和声を指に覚え込ませるにはとにかく時間が必要です。
 さて、プログラムの中にある管弦楽組曲第2番ロ短調には特別の思い入れがあります。 小学生時代を熱烈なリコーダー少年として過ごした私は、 たしか5年生か6年生くらいのときにこの曲のフルート・パートを覚えてリコーダーで吹いて遊んでいました。 まさか将来の自分がプロのチェンバロ奏者としてこの曲の公演に関わることになろうとは思っていませんでしたが、 音楽というのは実に不思議なもので、 30年以上経った今でもこの曲を練習していると、 その当時音楽というものに対して抱いていた何とも言葉では言い表せない甘酸っぱい感覚 (子ども時代の感覚ですから、理屈では全く説明できないのですが) がそっくりそのまま甦ってくるのですね。 特に最後のメヌエットからバディヌリにかけては、 感動のあまり理性を持ってきちっと練習することが難しいくらいです。


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