チェンバロ奏者 八百板正己 のホームページ

チェンバロ日誌(2014年5月)

チェンバロ日誌
5月29日(木)
 少し前にフェイスブックなるものを始めました。 インターネット上で友達の友達のそのまた友達というように友達の輪が世界的に広げられるネットワークだと聞いてはいましたが、 チェンバロ演奏を職業とする私としてはわずかな時間でも練習に使いたいので、 今までずっと逃げていました。 ところが数人の知人からたてつづけに誘われて「こういう時は何かの巡り合わせ」と思って始めてみてびっくり!  友達の友達の友達とたどっていくと、 20年以上も音信不通だった知人とまた友達になれたりして、 たった二日で友達が100人を超えてしまいました。
 その100人を超える友達がそれぞれの友達とやりとりしている投稿や写真が、 連日のように何十通と届けられます。 私は音楽家でも、友達の友達は旅館経営者だったりもするわけですから、 届けられる話題の多彩なことといったら!  音楽に閉じこもっていた私の視界はここ数日で一気に広がっている感じです。 でも待てよ。 ということは逆に私が何かうっかり口を滑らせると、 誰がどこで読んでいるか分からないじゃないか。 発言は建前だけをオブラートに包んで話さないとダメなのか?  しかし心にスッと入ってくる投稿ほど、 そんな猜疑心や下心とは無縁で思ったままをそのまま書いているように思えます。 けっきょく、音楽に偽りや下心が一切通用しないのと同じで、 本心から良いこと美しいことだけを思う自分に変わっていくのが近道なのでしょうか。 何と奥深い世界!
5月31日(土)
 今日の高崎市文化会館のコンサートでのことです。 演奏が終わって、舞台上でせっせとチェンバロの梱包をしていると、 一人のお客様が近づいてきて挨拶されました。 その方がおっしゃるには、 私が5年前に長野県佐久市で演奏したときに初めてチェンバロの生の音に接してチェンバロの虜になってしまい、 ついにはチェンバロを買ってしまったとのこと。 時々私のホームページで演奏予定はチェックしているけれど私が活動する新潟は遠くて行かれず、 今日は高崎だったので軽井沢の自宅から聴きに来ることができた、というのです。 じつに演奏家冥利に尽きるお話ではありませんか!  それにしても、軽井沢と高崎だってじゅうぶんに遠いですよね。
 コンサートでは、よほど小ぢんまりとした会場でもないかぎりお客様は何十人何百人といらっしゃるわけで、 演奏する側はお客様を一人一人意識するというのは難しいものです。 でも、聴く側にとっては自分と演奏者の一対一の関係になるので、 たった一回のコンサートの出会いがこのように大きな影響を与えるものにもなり得るのだということを、 改めて考えさせられました。 演奏とはそのように大きな責任を伴うのだとの自覚を胸に、 また明日から練習に勉強に一層励みます。
 と書いて練習日程表を見たら、 「明日から」なんて暢気なことを言っていられないではないか!  もう午前2時近いけど、あと1時間はチェンバロの音を消して次の曲に取り掛からねば! (私のチェンバロは下鍵盤の音が鳴らなくできるので24時間練習可能です)


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